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ヴィック・チェスナットは、ジョージア州出身のソングライターである。18歳のときの交通事故で車椅子の生活を余儀なくされながら、20枚近いアルバムをリリースし、2009年に45歳の若さで亡くなった。本書『DON’T SUCK, DON’T DIE: GIVING UP VIC CHESNUTT』は、やはりミュージシャンで長年のツアーメイトでもあったクリスティン・ハーシュが、チェスナットの思い出を語った回想録だ。「わたし」ハーシュが、「あなた」チェスナットに呼びかける形式で書かれている。
前半は、ヨーロッパツアーとアメリカツアーのエピソードを切り取ったもので、ロード・ノヴェルの趣がある。移動中のミュージシャンより、ステージにいるかれらを見る機会のほうが多い読者に、ハーシュは説明してみせる。
(中略)ヨーロッパツアーはおわり、わたしたち四人は寝ぼけまなこでさよならを、さよならのふりを、たいくつなさよならをした、なぜならアメリカが待ちかまえていたからだ、いまだ公演されざるショーにつぐショーの、飢えた巨大な口が。アメリカツアーだけで数年かけることだってできる。
ツアー生活の主な登場人物はヴィック・チェスナットとクリスティン・ハーシュに、ふたりのそれぞれのパートナーであるティナとビリーをくわえた四人だ。ハーシュによれば、チェスナットは自身の大きなエゴを持て余していて、彼女自身はつねに「怖れを減らすこと、心配を減らすこと」を自らに命じているようなひとであり、どちらも自分の配偶者が自分の壊れた部分を補っていると感じている。しかしそのビリーがときおり「ブラックホール」のように虚空を見つめるだけの人間になることも、ティナが「どこにも属していない」とつねに感じていることも、すくなくとも語り手であるハーシュはわかっていて、どこかはぐれたところのある四人で身を寄せあうことでなんとかやっていっている、と感じている。
楽屋で交わされる他愛もないやりとりを通じて、かれらの生い立ちや、いま置かれている状況などがたちあがってくる。本書のなかば、コンサートの合間の与太話のなかで、チェスナットは子供のころに家から猟銃を持ちだした話をはじめるが、これはまちがいなく重要なシーンだ。なにを撃ったの? というハーシュの問いかけに、チェスナットは「木を撃ちつづけた、それが倒れるまで」と答える。
「それを聞いてわたしがどんなに悲しくなったか言いあらわせない」と彼女は言う。かれが養子だと告げられたこと、それで自分がはぐれ者であり、どこにも属していないと感じたこと、ペットに猿がほしかったこと、学校の劇で踊って、もう二度とダンスしないと決心したこと、こうしたかれの少年時代を知っていたハーシュだが、しかしそこにこのエピソードをくわえることは、「ついに打ち砕かれて泣き出してしまうまで、あなたのホームムービーを見せられるかのよう」だった。「その少年が十八歳のある夜、酒を飲んで運転し……そして、いまは幽霊になりたがっている」。
ヴィック・チェスナットが生み出す、惨めだったり悲惨だったりするが、奇妙で、ときにはどこか優雅なイメージは、いちど耳にするとなかなか忘れられない。たとえば「マートル」という曲の最後は、こんなフレーズでおわる。
そしてぼくは病気の子供のような気分だった
ロバにひきずられ、マートルのあいだをゆく
猟銃と木のエピソードは、こうしたチェスナットの歌と、彼の人生が接する場所にあるといっていいだろう。それを書き留めたのは、チェスナットを音楽的な「従兄弟」だと感じているハーシュの共鳴の力である。
モーテルの天井を這う大量の虫や、舞台の照明係とのトラブルといった、端からきけば可笑しい、でも苛酷なツアー日記がおわり、ティナ・チェスナットが大げんかの末にヴィック・チェスナットの元を立ち去るとき、四人がつくっていた調和が崩れるように見える。タイトルの「DON’T SUCK, DON’T DIE(ばかなまねはしない、死なない)」という言葉がハーシュの口から出てくるのは、ヴィックから、ティナとのけんか別れの知らせを電話で受けたときだ。ハーシュは、ほぼつねに死の気配をただよわせているような友人に、軽はずみなことはしないようにと約束させる。
「わかった。きみもな」素面だった。「ばかなまねはしない」
「それに、死なないこと」わたしはすぐに付け加えた。
「ばかなまねはしない、死なない」あなたは繰り返した。「協定かい?」
「協定」わたしはあなたの沈黙に耳を傾けて本気かどうか確かめようとした。
その後、チェスナットはハーシュの前から姿を消し、メールにも電話にも答えなくなり、ハーシュからチェスナットへの一方通行のメッセージが数ページに渡って記述される。このときと前後して、ビリーの抱える虚無が力を増し、彼女自身の結婚生活にも綻びが見えはじめる。
いちどは疎遠になったふたりが再び出会うのは、チェスナットが亡くなる年の三月だ。ふたりを引き合わせたのは80年代から活動するアメリカのオルタナティブ・ロックバンド、R.E.M.である。この夜、バンドを敬愛するミュージシャンたちがニューヨークに集まって、かれらの音楽活動を祝福するトリビュート・コンサートが開かれた。ふたりがそこで再会したのは偶然ではない。R.E.M.は若い頃のふたりだけでなく、その世代の多くのひとたちに並々ならぬ影響を与えたバンドなのだ。バンドと同郷のチェスナットにいたっては、ほかならぬヴォーカルのマイケル・スタイプによって見出され、かれの最初の二枚のアルバムもスタイプがプロデュースした。
「かれらは並はずれて素敵なひとたちだった」とハーシュは言う。ふつうより名の売れたミュージシャンがチェスナットと話すとき、彼らはたいていチェスナットの肩のあたりをあいまいに眺めてきまり悪そうにしたものだが、「R.E.M.のひとたちはあなたの目をまっすぐ見た」。そんな実直なバンドがつくった空間でこそ、ハーシュはチェスナットの刺々しくてナンセンスなユーモアが健在なのを見る。舞台袖に持ち込まれたモニターにステージでサウンドチェックをするマイケル・スタイプが映し出されると、チェスナットは彼に電話をかける。「モニターを見ていると、マイケルがポケットから携帯電話を取り出して見つめたところであなたは電話を切った」。それからもう一度、彼はパティ・スミスとR.E.M.が演奏を終えたあとでメールを打つ。「くそったれ。愛を込めて、ヴィック」。
その会場でハーシュは、はぐらかすようなチェスナットの言葉から、どうやらティナがヴィックのもとに戻ってきたようだと思う。このページには、ハーシュとチェスナットが笑顔で映った写真が載っている。
だがその年の冬、チェスナットは筋弛緩剤の過剰摂取で病院に運び込まれる。共通の友人からの電話で、ハーシュがかれの死を知ったのは、クリスマスだった。彼のなきがらを前にしてハーシュは思う。
このときはじめて、「勝利」は「敗北」を意味しなかった。あなたはついに酔っぱらいの天使になったのだ、天の沐浴で身を清めた、ハンク・ウィリアムズのように。あなたはまだ笑っていた。わたしは一瞬笑い、それから、笑ったことに驚き、叫んだ。「なにを笑ってるの?」あなたに問いかけたわたしの声は、空っぽの部屋に震えながらこだました。
チェスナットはしばしば、「ぼくはヴィクターだから!」と口にした。ジェイムズ・“ヴィクター”・チェスナットのVictorはVictoryとかかっている、だからぼくはつねに「勝つ」のだ、と。だがハーシュには、しばしば「勝利」が「敗北」を意味すると思えた。そこには、勝つことが生き延びることであるなら、それはつまり敗北だ、というアイロニーがあった。だがこのとき彼女は、チェスナットがほんとうに勝った、と思う。
もう苦痛を感じることもないだろう、きっと。あなたは死をめざすレースに勝ったのだから、でもわたしたちはどうなる? わたしたち、残されたほかのミュータントやエイリアンは、混乱して、また独りぼっちだ。あなたの変身は上手くいったようだけれど。
自身の苦闘が終わらないという苦々しさの残るこの手記を、彼女は、チェスナットの死と自身の結婚生活の破綻を並べるようにして書いている(「すべては死ぬ。愛さえも。さようなら、ビリー。/あなたさえ。さようなら、ヴィック」)。ハーシュにとってのチェスナットは、ときとして一定の距離を保つことが困難になり、かれの少年時代のエピソードを聞けば我がことのように過剰に反応してしまう、そういう近さのある友人だった。彼女はその混乱のなかで、生身のヴィック・チェスナットと、ステージで演奏しているときにはその車椅子の背に「雪のように白い羽が広がる」のが見えたという、彼の音楽に近づこうとする。彼女の私生活が危機にさらされているとき、彼女が聴いたのはほかならぬチェスナットの音楽なのである。
身体が不自由なせいでシンプルなコードしか弾けなかった云々という言葉でヴィック・チェスナットの音楽の秘密がすべて解き明かされたとはとても思えない、そう思って本書を手に取ったひとたちには、忘れられない手記になるだろう。