月曜 14:45~18:00
木曜 16:30~18:00
金曜 18:00〜21:30?
私たちはもううめいたり頭に灰をかぶったりは致しません、たとえトペテの焦熱地獄の話が出てきたとしてもです [1]。なにしろ、聖職者でさえ私たちに神はラジウムか、エーテルか、はたまた科学的な混合物であると説いたり、私たちよこしまな人間を待ち受ける最悪の運命もたんなる化学反応にすぎないと言い出す始末なのですから。これは耳に心地よい仮説ではあります、しかしまだたしかに古来の、じつに恐ろしい、伝統的な信仰が残ってもいたりもするのです。
自由な想像力を持って語ることができ、しかも反駁される可能性がまるでない話題は二つしかありません。見た夢について語るか、オウムが言っているのを聞いたといって語るかです。モルペウス [2]もその鳥も証言する能力はないのであるからして、話を聞く人もわざわざこちらに難癖をつけたりはしないのです。だから、そのたわいのない夢の織物[3]で、私のテーマを語りましょう —— いろいろ心苦しいところはありますが、オウムの一辺倒な戯れ言ではなくて。
私が見た夢は聖書の科学的研究からはかけ離れたもので、古くさく、ありがたい、惜しくも失われつつある「最後の審判」説に関連するものでした。
大天使ガブリエルがラッパを吹いた。従順ならざる者たちは審問のために召喚された。片側に救済を商売にしている連中が集まっているのが見えた。厳かな黒い祭服を身に纏い、襟のボタンをうしろで止めている。しかし彼らは落ち着き先の権利をめぐってもめているようで、私たちを救出してくれそうにはなかった。
空飛ぶお巡り —— 天使の警官 —— がこちらに飛んできて私の左の翼を掴んだ。すぐそばでは、実に景気のよさそうな霊魂たちが審判のために召喚されていた。
「お前も奴らの一味か?」警官が聞いてきた。
「あれはだれです?」が私の答えだった。
「ああ」彼は言った。「奴らは —— 」
いやはやこんなどうでもいい話題に本来すべき話が場所を奪われてしまうところでした。
ダルシーは百貨店で働いていた。ハンブルグ風刺繍飾りや肉詰めピーマン、自動車、その他いかにも百貨店にあるような宝石雑貨を売っていた。稼いだ分から、週六ドルを受け取っていた。残りは彼女の貸し方と他の誰かの借り方として帳簿に記入され、それを管理しているのは、ゴッ —— おっと、すべての始まりを表すエネルギーでしたね、聖教師さま —— よし、それならば、原初エネルギーの帳簿とでも言っておこう。
百貨店での最初の年、ダルシーは週に五ドルを受け取っていた。その金額で彼女がどう暮らしていたか知っておくと役に立つだろう。どうでもいい? そうですか、きっとあなたはもっと大金に興味がおありなのですね。六ドルなら大金です。彼女が週六ドルでどう暮らしていたかお話ししましょう。
ある日の午後六時、ダルシーは帽子留めのピンを延髄まで0.1インチもないところまで刺し、仲良しのセイディに声をかけた —— ダルシーの左隣で接客している娘だ。
「ねえ、セイディ、わたし今晩ピギーとディナーデートなの」
「噓でしょ!」セイディは羨ましそうに叫んだ。「ちょっと、あなたラッキーよ? ピギーはものすごく素敵だもの、それにいつも女性を素敵なところに連れて行ってくれる。ブランチを夜のホフマンハウス [4]に連れて行ってたわ、そこで素敵な音楽を聴いてね、素敵なものをたくさん目にする。きっと素敵な時間になるわ、ダルシー」
ダルシーは家路をいそいだ。彼女の目は輝き、頬には桃色が差していて、それは人生の —— ほんとうの人生の —— 近づく夜明けの色だ。今日は金曜日、持っている五十セントが先週の給金の残りだった。
通りはラッシュアワーの人波で溢れていた。電灯がブロードウェイできらめいて —— 何マイルも、何リーグも、何百リーグも向こうの暗闇から蛾を呼び寄せ、列をなして焼け焦げた大群に加わらせていた。きっちりした服の男性たちが、海員宿泊所にいる老水夫の手でサクランボの種に彫られるあの彫刻のような顔 [5]で振り返りじろじろ見てきたが、ダルシーは急いで、周りを気にせずに、通り過ぎた。マンハッタン、それは夜に花咲くサボテン、その死人のように白い、ねっとりと香る花弁が開きはじめていた。
ダルシーは安物売りの店に立ち寄り、五十セントでイミテーション・レースの付け襟を買った。その金はそんなふうに使うつもりではなかった —— 本当は夕食に十五セント、朝食に十セント、昼食に十セント。最後の十セント硬貨はわずかな貯えにまわし、五セントはリコリス飴に無駄遣いされるはずだった —— 頬が歯痛のようにふくらんで、存在感があり続けるやつに。リコリス飴は贅沢品 —— 酒盛りに等しいもの —— だったが、一体楽しみのない人生なんて何の意味があろうか?
ダルシーは家具つきの部屋に住んでいた。家具つきの部屋と下宿には違いがある。家具つきの部屋では、他の人はあなたが飢えていても気がつかない。
ダルシーは部屋に上がった —— ウェスト・サイドにあるブラウンストーンの三階の奥。彼女はガス灯を付けた。科学者たちはダイヤモンドが一番硬い物質だなんて言う。そりゃ間違いだ。女主人たちはダイヤモンドなんて目じゃない物質を知っている。彼女たちはそれをガス灯の火口のいくつかに詰め込む。そうするともう椅子に立ち上がってほじくっても無駄で、指がピンク色になりアザができるだけだ。ヘアピンでもそれは動かない、これぞまさに不動産というべきか。
さてダルシーはガス灯をつけた。四本ある火口のうち一つだけが灯された明るさのなかで部屋を観察してみよう。
ソファ、化粧台、テーブル、洗面台、椅子 —— ここまでは女主人のもの。残りがダルシーのものだった。化粧台には彼女の宝物が置かれていた —— 金箔をかぶせた磁器の花瓶はセイディから送られたもの、ピクルス屋がくれたカレンダー、夢占いの本一冊、ガラスの皿に乗った米粉、そしてサクランボの房の置物にピンクのリボンが結ばれている。
でこぼこした鏡の前に置かれている写真はキッチナー将軍[6]、ウィリアム・マルドゥーン[7]、マールバラ公爵夫人[8]、ベンヴェヌート・チェッリーニ[9]のもの。ある壁には石膏版に彫られたローマの兜をかぶったオカラハン。その近くにある、どぎつい色合いの油彩風版画では、硫黄色の子供が、煽るように飛ぶ蝶に襲いかかっていた。これがダルシーの美術に対する最終的な審判であり、今まで一度もそれが揺るいだことはなかった。彼女の安息はコープの盗難騒ぎ[10]にかき乱されることはなく、今まで彼女の〈こども昆虫学者〉に対して眉をしかめる鑑定家もいなかった。
ピギーは七時に迎えに来ることになっている。彼女が急いで身支度をしているあいだ、ひっそりと向こうをむいて世間話にでも興じると致しましょう。
自分の住まいに、ダルシーは週二ドルを払っていた。平日の朝食には十セントかかった。コーヒーを淹れてガス灯の炎で卵を焼くあいだに着替えをした。日曜の朝には王様のようなごちそうとして子牛のブツ切りとパイナップルフリッターを「ビリーズ[11]」レストランで食べて二十五セント —— ウェイトレスにチップを十セント。ニューヨークは多くの誘惑を投げかけてくるから、すぐに無駄遣いに走ってしまう。昼食は百貨店のレストランで食べて週に六十セント、夕食は一ドル五セント。夕刊 —— 新聞を持ち歩いてないニューヨーカーがいたら見てみたいものだ! —— には六セント。日曜版は二紙 —— ひとつは消息欄目当てで、もうひとつは読むためのもの —— に十セント。これで合計四.七六ドルだ。でも洋服を買わなきゃいけないし、それに……。
やめておこう。生地のありがたい大安売りや、針と糸が織りなす奇跡の技については聞いたことがあるが、疑わしいものです。どうしてもペンは宙をさまよってしまう、ダルシーの人生にそんな女性ならではのものとされる歓びを書き足そうとすると。そんな歓びは暗黙の、神聖な、生まれながらの、しかし今や忘れ去られた天の平等の法則がもたらす類いのものなのだから。二度ばかり彼女はコニーアイランドに行き木馬に乗ったことがある[12]。楽しみが毎日じゃなくて、夏ごとにしかないってのは悲しいもんですからね。
ピギーについては一言で十分。女の子たちが彼をそう名づけたとき、不当な烙印を押されてしまったのは高貴な豚さん家族のほうである。おなじみの青い表紙の言葉読本にはピギーの人となりが載っているだろう。身体は太めです、心はネズミです、仕草はコウモリです、気だてはネコです……彼の着ている服は高く、飢えた者に目が利いた。ショップガールを見れば、どれだけのあいだマシュマロと紅茶より栄養のあるものをとっていないのか、時間まできっかり分かるのだ。ショッピング街をうろうろし、百貨店をぶらぶらしながら、夕食の誘いをちらちらさせていた。犬を紐の先につないで通りをエスコートして歩く男たちも彼を見下す。そういう奴だ。これ以上彼に言葉を積み上げるのはやめよう、私のペンは彼のためにあるのではない、私は大工[13]ではないのだ。
七時の十分前には、ダルシーは支度を終えていた。彼女はでこぼこの鏡で自分の姿を見た。申し分ない。ダークブルーのドレスはぴったりでしわひとつなく、帽子には洒落た黒い羽が付いていて、手袋は少々汚れているだけ —— そのすべてが節約のたまもの、食べ物さえ切り詰め —— とてもよく似合っていた。
ダルシーは一瞬何もかもを忘れ、あるのはただ、いまの自分が美しいこと、そして人生が神秘的なヴェールの裾を持ち上げ、そこに隠されためくるめく世界を彼女に披露しようとしていることだけだった。どんな紳士にもこれまで誘われたことはなかった。これから彼女はつかの間のきらびやかな高みの舞台に足を踏み入れようとしていた。
女の子たちはピギーのことを「羽振りが良い」と言っていた。きっとこれから待っているのは豪華な晩餐会、音楽、目を見張るほど見事に着飾った貴婦人たち、その名を言おうとすると女の子たちの口がおかしな形に曲がってしまうような料理。そしてまた誘われるだろう。
青いポンジーの服がウィンドウに飾ってあったわ —— 週二十セント貯めれば、十セントじゃなくて、そうすれば —— だめだ —— 何年もかかる! でも古着屋が七番街にあるから ——
誰かがドアをノックした。ダルシーは開けた。管理人の女性が取ってつけたような笑顔を浮かべて立っていて、こっそりガスを使って料理でもしてやいないかと、鼻をくんくんさせていた。
「殿方が下まであんたに会いに来てるよ」と女主人は言った。「名前はウィギンズさんだって」
その呼び名はピギーのことで、不運にも彼とまともに取り合わざるを得ない人はそう覚えていた。
ダルシーは化粧台にハンカチを取りに行った。そこでじっと立ち止まり、下唇を強く噛んだ。さっき鏡を見ていた時は、おとぎの国があって、自分はお姫様で、永い眠りから覚めたような気分だったのだが。忘れていたのだ、悲しげで美しく迷いのない瞳で、自分を見つめている者のことを――自分の行いを認めたり諌めたりしてくれる唯一の存在を。姿勢が良くすらりとして背の高い、愁いを帯びた非難の表情を端正で悲しげな顔に浮かべたキッチナー将軍が、不思議な眼差しを、化粧台の金ピカの写真立てから投げかけていた。
ダルシーは機械仕掛けの人形のように女主人の方へ振り向いた。
「伝えてください、行けないって」彼女はぼんやりと言った。「病気か何かだと言って。外出はできないと伝えて」
ドアが閉まり鍵が掛かると、ダルシーはベッドに崩れ落ち、帽子の黒い羽根も潰して、十分ほど泣いた。キッチナー将軍が唯一のともだちだった。ダルシーの理想の勇敢な騎士だった。秘めた悲しみを抱えているようであり、不思議な口髭は夢のようで、ダルシーは厳しくも優しい眼差しを少し恐れていた。時にひそかに思い描くのは、将軍がいつか家に立ち寄って、自分を呼んで、剣をブーツにカチャカチャさせているところ。一度などは、男の子が街灯にチェーンを打ち付ける音で、窓を開け外を眺めてしまったほどだ。しかしそんなことをしても無駄だった。キッチナー将軍ははるか遠く日本にいて、野蛮なトルコ人との戦いのため軍を率いているのは分かっていた。決して金ピカの写真立てを抜け出して迎えには来ない。それでもその夜、彼の一瞥がピギーをねじ伏せた。そう、その夜は。
涙が枯れてしまうと、ダルシーは起き上がってそのいちばん上等なドレスを脱ぎ、くたびれた青いキモノに着替えた。夕食をとる気にはなれなかった。「サミー [i]」の二節を口ずさんだ。それから、鼻の横の小さな赤いおできが猛烈に気になった。それをひとしきりいじると、椅子をぐらつくテーブルに引き寄せ、使い古したトランプで未来を占った。
「ひどい、そんな軽薄なことを!」と彼女は叫んだ。「あいつをその気にさせるようなことは言ってないし、そんな素振りも見せてないわ!」
九時になると、ダルシーはクラッカーが入ったブリキの缶と、ラズベリージャムの小瓶をトランクから取り出し、やけ食いを始めた。キッチナー将軍にもジャムをのせたクラッカーを勧めた。しかし、将軍の彼女を見る目は、スフィンクスがチョウチョウを眺めるようなものでしかなかった――蝶が砂漠に生息していればの話だが。
「いやなら召し上がらなくても結構」とダルシーは言った。「でもそんなに偉そうな態度で叱るような眼をするのはやめて。あなただって、そんなに傲慢で横柄でいられるかしら、週六ドルで暮らすはめになったら」
いい兆候ではなかった、ダルシーが将軍に対して無礼な態度をとるのは。さらに彼女はベンヴェヌート・チェリーニの顔も容赦ない手つきで伏せた。ただこの行為には弁解の余地がないとも言えない。なぜなら、彼女はいつも彼のことをヘンリー八世[ii]だと思っていたので、今の彼女には我慢ならなかったのだ。
九時半にダルシーは最後にもう一度だけ化粧台の写真に目をやって、明かりを消し、ベッドに飛び込んだ。ひどい話だ、寝るときにおやすみの視線を送る相手が、キッチナー将軍、ウィリアム・マルドゥーン、マールバラ公爵夫人、そしてベンヴェヌート・チェッリーニだなんて。
この物語はこれ以上展開しない。話が動き出すのはもっと後 —— ピギーがダルシーを再びディナーに誘うときのことで、そのとき彼女はいつもより一層人恋しくて、キッチナー将軍もたまたま別の方向を向いている、それで……
先ほど言ったように、私が夢のなかでとても景気の良さそうな天使たちのそばに立っていると、警官が私の翼をつかんで彼らの一味かどうか聞いてきた。
「あれはだれです?」私は聞いた。
「ああ」彼は言った。「あいつらはワーキングガールを雇って、週給五ドルか六ドルで生活させていたのさ。お前も奴らの一味か?」
「死んでも違います」と言った私。「私なんてつまらないもんだ、孤児院に火をつけた、小銭ほしさに目の見えない奴を殺した、それだけですから」
[1] 「トペテ」は旧約聖書「エレミヤ書」内に記述のある、生け贄の子供たちを焼く地名で、キリスト教圏では地獄の象徴として使われる言葉でもある。灰をかぶる行為は悲しみ懺悔を表す行為とされている。
[2] ギリシア神話に登場する夢の神
[3] 福田恒存訳 シェイクスピア『あらし』内「あのたわいのない幻の織物」より
[4]ブロードウェイと二十五丁目がぶつかるところにあった当時のニューヨークの中でかなり大きいホテル。http://daytoninmanhattan.blogspot.jp/2013/05/the-lost-hoffman-house-hotel-broadway.html
[5]http://www.shamey.com/pit/pit.htm
[6] ホレイショ・ハーバート・キッチナー(1850-1916)。イギリス陸軍の軍人で、ボーア戦争、第一次世界大戦などに従軍した。最終階級は陸軍元帥。
[7] ウィリアム・マルドゥーン(1852-1933)。アメリカのレスラーであり、ボクサーでもあった。南北戦争に従軍したと言われている。
[8] リリアン・プライス(1854-1909)。アメリカの富豪の娘で、社交界の名士。ニューヨークのトロイ生まれ。1888年、イングランド貴族の第八代マールバラ公爵ジョージ・チャールズ・スペンサー=チャーチルと結婚した。結婚式はニューヨークシティ・ホールで行われた。
[9] 1500 年11月3日 - 1571年2月13日 ルネサンス期イタリア生まれの彫金師。好色で奔放な自伝も有名で(『チェッリーニ自伝』)、同自伝を基にしたオペラは1838年以降、現在でも上演されることがある。
[10] 一九〇二年にイタリアのアスコリにある大聖堂から盗まれた十三世紀のコープ(聖職者が身につける衣)。キリストや聖母マリア、使徒たちが刺繍されている。その後、転売され、資産家のJ・P・Morganが盗品と知らずに購入。ロンドンの美術館に貸与したところ、鑑定家が盗品だと見抜き、騒ぎとなった。一九〇六年、Morganがイタリア政府に寄贈した。
[11] ステーキが有名な1870年創業のBilly’s Restaurantではないかと推測される。http://events.nytimes.com/mem/nycreview.html?res=990CE3DE103CF932A05750C0A963958260
[12]http://www.miscelaneajournal.net/archive/images/stories/articulos/vol38/11.pdf
[13] O.Henryのデビュー作“Cabbages and Kings”には「大工による序文」がついている。これは、Lewis Carrollの『鏡の国のアリス』のなかの詩「セイウチと大工」のなかで、“The time has come”the Walrus said, “To talk of many things; Of shoes and ships and sealing-wax, And cabbages and kings.” The Walrus and the Carpenter” と言うのに答えて、お喋りなセイウチに答える形になっている。つまり、ここでは、大工=おしゃべりの意か。