月曜 14:45~18:00
木曜 16:30~18:00
金曜 18:00〜21:30?
バーにはずっと聖職者が祝福をしにやって来ていたし、カクテルをきっかけにエリートたちの晩餐会が始まるくらいだから、酒場の話をしても構うまい。禁酒主義者は聞かなくてもよい、もしそうしたいのなら。だが自動販売のレストラン [1]に行けば、投入口に十セントを入れて冷えたブイヨン・スープを求めても、ドライ・マティーニが出るのがオチだろう。
コン・ラントリーは、カナリーズ・カフェのバーカウンターのしらふ側で働いていた。あなた方やわたしは、ガチョウのように一本足でもう一方の側に立ち、週の稼ぎをつぎ込んで自発的に破産するのだが。反対側ではてんてこ舞いのコンが、清潔で、酒を入れず、明晰に、礼儀正しく、白いジャケットで、時間厳守、頼もしく、若く、責任感を発揮して、我々のお金を取り上げていく。
この酒場(祝福されていようが、呪詛されていようが)があるのは、平行四辺形状を成しているいくつもの小さな「プレイス」と呼ばれる所の一つ [2]で、長い「ストリート」ではなく、住んでいるのは、洗濯屋、衰退したオランダ移民の家族、そのどちらとも関係ないボヘミアンだった。
カフェの上にはカナリーとその家族が住んでいた。娘のキャサリンはアイリッシュの黒い瞳で―ってなぜ説明する必要がある?あなたの黒い瞳のジェラルディンやイライザ・アンを想像して、よしとしてもらおう。コンは彼女に夢中なのだから。キャサリンが優しい声で、裏の階段の一番下からビールのピッチャーを夕食に頼むと、コンの心臓は上へ下へと揺らされて、さながらシェイカーの中のミルク・パンチのようだった。順序正しく道理にかなうのがロマンスのルールだ。最後の幸運のシリングを、ウィスキーを求めてバーの上に投げつければ、バーテンダーがそれを取り、ボスの娘と結婚し、そこから好意が育つのである。
しかし、そうならないのがコンだった。女性の前では舌がまわらなくなり、顔は真っ赤になる。その眼光だけで、調子に乗った若者がクラレット・パンチに酔って騒ぐのを黙らせ、騒ぐやからをレモン絞り器でぶちのめし、ケンカっぱやい連中を、白いリンネルのタイに皺もつけずに側溝へ叩き込む男が、女性の前に立つと、声はかすれ、支離滅裂になり、どもり出しては、熱くなだれ打ってくるはにかみと惨めさの下に埋もれてしまうのだ。では、一体、彼がキャサリンの前に出たら?ぶるぶる震えてちっとも喋れず、お世辞も言えずに石ころ同然、この無口極まる恋する人は、いつもモゴモゴと天気の話ばかりを、女神様の御前でしているのだった。
カナリーズ・カフェに二人の日に焼けた男、ライリーとマッカークがやって来た。カナリーと話をつけて奥の部屋を占領すると、瓶やサイホンに水差し、薬屋が使う計量カップでいっぱいにした。酒場に必要な器具と液体がすべてあったが、酒をふるまいはしなかった。ライリーには学があったので、帳面に計算式を書きつけ、ガロンをオンスやクォートへ、そして液量ドラムへと減らしていく作業をしていた。マッカークは片目の赤い陰気な男で、失敗作の混合物を排水管に流し込んでは、静かにしゃがれた低い声で悪態をついていた。二人は大いに労を惜しまず取り組んで、何やら謎めいた液体を作り出そうとしており、その様子はまるで、二人の錬金術師が幾種の成分から金を生み出そうと励んでいるようだった。
この奥の部屋に、ある夕方、コンは当番を終えてぶらりと入ってみた。彼の職業的好奇心をずっと掻き立てていたのは、酔っ払いなど一人もいないバーのオカルトめいたバーテンダー二人で、彼らは毎日カナリーの店の蓄えを使っては無益な実験を行っていた。
裏の階段からキャサリンが、グウィーバラ湾の朝日のような笑みを浮かべて出てきた。
「こんばんは、ラントリーさん」と、彼女のいつものせりふ。「今日は何かニュースがあるかしら、よければ教えてくださる?」
「あ…雨が降りそうです」口ごもりながら、このはにかみ屋は壁の方へと後ずさった。
「それは何よりね」と、キャサリン。「少しくらい水があるのって、悪くないと思うの」
奥の部屋ではライリーとマッカークが、髭を生やした魔女のように、奇妙な混合物と格闘していた。五十本のボトルから、ライリーの計算に従って注意深く計量しては液体を注ぎこみ、一緒くたに巨大なガラス容器で撹拌させる。それをマッカークが棄てることになるのだが、憂鬱そうに汚い言葉を口走って、また最初からやり直すのだ。
「座れよ」ライリーがコンに声をかけた。「教えてやろう」
「去年の夏に俺とティムは結論した、アメリカ風のバーをニカラグアでやったらさぞ儲かるだろうってな。街が海岸沿いにあったんだが、食い物といったらキニーネ、飲み物といったらラム酒しかないって所だった。地元の者もよそ者も、悪寒がしてぶっ倒れては熱を出して起き上がるのさ。だから美味いミックスドリンクが自然の治療薬ってわけだ。そういった不便な熱帯地域じゃあな。
「そんなわけで俺たちは酔っ払いの飲み物とバーの備品とグラス類をしこたま仕入れると、サンタ・パルマの街に行く航路の汽船で海に乗り出した。道中、俺とティムはトビウオを見たり、船長や船員たちとセブンアップをやったりして、もう、ハイボールのキングが二人揃って南回帰線を行く!って気分だった。 [3]
「あと五時間で、俺たちがぼったくりの酒で銭を引ったくってやろうとしている国にご到着って時に、船長が俺たちを右舷のビナクルに呼んで、何やら思い出しはじめたんだ。
「『言い忘れてたよ、ぼうず』船長は言った。『ニカラグアでは先月、すべてのボトルに関税として四十八パーセントの従価税がかけられた。大統領がシンシナティの育毛剤のボトルをタバスコソースと誤ってかけちまったから、その報復だ。樽詰めなら非課税だよ』
「『もっと早くに言ってくれなきゃ』俺たちは言ったね。それで四十二ガロンの樽を二つ船長から買うと、全部の瓶を開けちまって、中身を一緒くたに樽にぶち込んだ。四十八%なんて破産だよ。だから俺らは一二〇〇ドルのカクテル作りに賭けてみたんだ、捨てちまうよりはいいと思ってね。
「色はバワリー[4]で乞食が飲んでるエンドウ豆のスープみたいで、味はまるで代用コーヒー、貧乏くじを引いてしょげてると伯母さんに飲まされるような代物だ。それを黒人に四フィンガーやって試させたら、ココナッツの木の下で三日間ぶっ倒れたまま砂をかかとで打ちつけて、推薦してくれるどころの騒ぎじゃなかったよ。
「だが、もう片方の樽!なあ、バーテンダーさんよ。黄色いリボンを巻いた麦わら帽子を被って、かわいい女の子と一緒に気球に乗り込み、ポケットには八百万ドルが入っているなんて、全部いっぺんにしたことがあるかい?三十滴そいつを飲めばそんな気分になれる。二フィンガーも流し込んでみろよ、きっと顔を手にうずめて泣き叫ぶぜ、なんたって、自分のまわりにジム・ジェフリーズ坊 [5]くらいしか勝負になる奴がいないんだからな。そうだよ旦那、二本目の樽に入っていたのはとびきり上質の万能薬で、飲んだ奴に力と金と豪奢な生活を保障してくれるのさ。色は黄金でガラスのように透き通ってて、暗闇のなかで輝くさまはまるで沈まぬ太陽だ。いまから千年も経ちゃ、そんな酒がバーカウンターから出てくるかもしれないけどな。
「そんなわけで、俺たちはその酒一本で商売を始めたんだが、それで十分だった。あの国の混血の貴族たちが群がって、まるで蜂の巣みたいでよ。あの樽がずっとあれば、あの国は世界一の大国になっただろうな。俺たちが朝に開店すると、将軍や、大佐や、元大統領や、革命家が一ブロック分もの行列を作って待ってるんだ、酒を出されるのをね。最初は一杯、五十セント銀貨にした。残り十ガロンは、一口、ゆうに五ドルになった。ありゃあ最高の酒だったよ。人に勇気と野心、何だってできる活力をくれる。手にした金が汚れていようが、製氷の独占できれいに巻き上げたものだろうが、どうでもよくなるんだ。樽の中身が半分になった頃には、ニカラグアは国の借金の返済を突っぱねるわ、タバコ税を取っ払うわ、しまいにはアメリカとイギリスに宣戦布告しそうにまでなった。
「偶然発見した酒の王様なもんだから、運が良けりゃまた作れると思ってた。十か月試し続けたよ。一度に少しずつ、酒をなりわいとしてる奴らには有毒な原料として通ってるものを何樽も混ぜた。バーが十軒はできたろうな、俺とティムが無駄にしたウィスキー、ブランデー、リキュール、ビターズ、ジン、ワインがあれば。あんな輝かしい飲み物がこの世への登場を拒絶されてるなんて!悲しい、金の無駄だ。アメリカならきっと、そんな種類の酒なら大歓迎で金を出すだろう」
そうしている間もマッカークは慎重に計量し、少量ずつの色々な酒を注ぎ合わせ、ライリーが一番新しい鉛筆書きの調合を読み上げるのに従っていた。完成した混合物はひどいもので、まだらのチョコレート模様だった。マッカークが試しに飲んでみて、吐いて、しかるべき罵声と共に流しに捨てた。
「そいつはたまげた話だ、もし本当ならな」とコン。「俺は今から夕飯の支度をする」
「飲んでいけよ」とライリー。「何でも揃ってるぜ、あの幻のブレンドを除けば」
「飲まないんだ」とコン。「水より強いものは。たった今キャサリンさんと階段で会ったところだけど、もっともなことを言ってたよ。『少しくらい水があるのがいい』って」
コンが部屋を出ていくと、ライリーはマッカークの背中を倒さんばかりの勢いで叩いた。
「聞いたか?」と彼は叫んだ。「馬鹿ふたり、ここにありだ。俺たち、瓶六ダースのアポリナリス [6]を船に持ち込んでたじゃないか―お前が封を開けたんだった―どっちの樽に入れたんだ―どっちだよ、このとんちき?」
「そうだな」マッカークがゆっくりと言った。「二つ目の樽を開けたんじゃなかったか。青い紙きれが横んとこにくっついてた」
「やったぞ」ライリーが吠えた。「それが足りなかったんだ。水だよ、手品の種は。他は全部合ってたんだ。急げ、おい、アポリナリスを二本バーから持ってくるんだ、その間に比率を鉛筆で計算しておく」
一時間後、コンはカナリーズ・カフェがある路地をぶらついていた。こんな風に忠実な従業員というのは、休み時間も勤務先の近くをうろうろしていて、不思議な引力に引っぱられてくるものなのだ。
警察のパトカーが一台、裏口のそばに停まっていた。三人の立派なおまわりが半ば抱え、半ば押し込むようにして、ライリーとマッカークを車の後部ステップに上げていた。ふたりの目にも顔にも痣と切り傷があり、血みどろの執拗な争いがあったことを窺わせた。しかし二人の叫び声には奇妙な喜びが満ち、わずかに残った獰猛な狂気を警官に向けていた。
「奥の部屋で取っ組み合いを始めたんだ」カナリーがコンに説明した。「しかも歌いながら!ますます酷い。なにもかもめちゃくちゃに壊してしまったよ。でもいい奴らだから、みんな弁償してくれるだろう。何か新種のカクテルを作ろうとしてたろ、あいつら。朝になったらしゃんとして出てくるよ」
コンは裏の部屋の戦場でも覗いてみようと歩いていた。廊下を抜ける時、キャサリンがちょうど階段を降りてきた。
「またまたこんばんは、ラントリーさん」彼女は言った。「お天気のニュースはないかしら?」
「あ…雨がまだ降りそうです」と言うやコンはその横をすり抜けた。なめらかな青白い頬に赤みが差した。
ライリーとマッカークはたしかに、盛大に仲良くやり合ったようだった。割れた瓶とグラスがあちこちに散っていた。アルコールの匂いが充満し、床にはまだらに酒の溜まりができていた。
テーブルの上には、目盛りのついた三十二オンスのビーカーがあった。金に輝く液体は、太陽をつかまえ、黄金の深みに閉じ込めたかのようだった。
コンは匂いをかいだ。なめた。飲んだ。
玄関ホールに戻ると、キャサリンがちょうど階段を上がってきた。
「ニュースはまだなの、ラントリーさん?」キャサリンはたずね、いたずらっぽく笑った。
コンは彼女を高々と抱き上げて、離さなかった。
「ニュースは」コンは言った。「僕らが結婚するってことさ」
「降ろしてください!」彼女はかっとして言った。「さもないと―あらっ、コン、どこで、ああ、どこでそんなこと言う度胸を手に入れたの?」
[1]投入口にコインを入れると簡単な食べ物や飲み物が出てくる仕組みの販売機で、一九〇二年あたりからフィラデルフィアに初登場して話題のマシンになり、ニューヨークには一九一二年に初めて持ち込まれた。商標名はオートマット。
[2] マンハッタンのダウンタウン地区には「セント・マークス・プレイス」や「ウェイバリー・プレイス」といった名前の一角がいくつもある。
[3] 強い手札が勝つという通常ルールのポーカーを「ハイボール」と呼ぶことがある。これと酒のハイボールをかけたシャレであろうか。
[4] マンハッタン南部の地域。
[5] James J. Jeffries(1875-1953)はアメリカ合衆国に実在したプロボクサー。元世界ヘビー級王者である。
[6] ドイツ産の天然発泡水に付けられた商標名。アポリナリスを製造していた会社は十九世紀後半に倒産した。