月曜 14:45~18:00
木曜 16:30~18:00
金曜 18:00〜21:30?
The Brief Debut of Tildyの舞台である架空の食堂ボーグルズは、マンハッタンの八番街に位置している。「ブルジョワジーのハイウェイ、『ブラウンとジョーンズとロビンソン』の通り」というO・ヘンリーらしいユーモアで表現されているこの街路は、作品の内容からもわかるように、裕福な人々が住むところではなかった。A Lickpenny Loverにおいても、金持ちの男の住所が五番街なのに対して、百貨店で働くショップガールは八番街の小さな家に暮らすという設定で、二人の社会的な地位の差が象徴されている。
A Lickpenny Loverのショップガールは、「3部屋に5人で住んでいる」と言い、家が粗末であることを金持ちの男に伝えるが、当時のニューヨークでは、人口の増加に伴い、住環境の悪化が問題になっていた。特に、急激に増加していた移民たちは非常に厳しい生活を強いられ、多くの人々が粗悪なテネメント(共同住宅)に押し込められている状況だった。マンハッタン南東部のロウアー・イースト・サイド(現在のチャイナタウンやリトル・イタリーのあたりも含む)は、テネメントが密集し、貧しい移民街として知られるようになる。
だが、そのような惨状を、世の半数の人は知らなかった。それを知らしたのは、ジェイコブ・リースが1890年に出版したルポルタージュ『残りの半数の人々はどのように暮らしているか(How the Other Half Lives)』である。文章とともに、当時最新の技術だったフラッシュを用いた写真が強烈な印象を与え、大きな評判を呼んだ。The Brief Debut of Tildyに出てくる「残りの半数の人々がどのようにものを食らっているか」という表現は、これをふまえていると考えていいだろう。
ジェイコブ・リースは自身がデンマークからの移民であり、1870年、21歳のときに米国に渡った。最初の数年は住む場所もないような生活に苦しむが、やがてジャーナリストとしてのキャリアをスタートさせる。そして、『ニューヨーク・トリビューン』紙の警察担当記者となると、本署のあるマルベリー通り周辺の取材をはじめる。そこはスラム街の中心であり、なかでも「ベンド(道が曲がるところ)」と呼ばれる区域の環境は劣悪だった。リースはその現状を世間に伝えようと考える。
リースの取材は丁寧で、ロウアー・イースト・サイドを歩き回り、イタリア移民、中国移民、ユダヤ移民らの生活の内側に入り込んでいる。テネメントの貧しさを主題としながら、それに関わる労働環境、犯罪などについても取り上げ、多角的にスラムの問題を論じている。特に、浮浪児、児童労働など、子供にまつわる写真・記述は数多く、印象的だ。(リースは、英語が話せない両親に代わってコミュニケーションをとる移民の子供たちを、「ゴー・ビトウィーンズ(仲介者)」と名付けていた。彼の死後100年が経った2014年、東京の森美術館では「ゴー・ビトゥイーンズ展(http://www.mori.art.museum/contents/go_betweens/)」という展覧会が開催され、その後も2015年まで日本各地を巡回する予定である。)
【https://www.youtube.com/watch?v=87SCTEsIufY】
リースは『残りの半数の人々はどのように暮らしているか』のはじめにこう書いている。「ずっと昔、『世の中の半数の人々は、残りの半数の人々がどのように暮らしているかを知らない』と言われた。それは本当だった。関心がないから、知るわけがないのだ。上位の半数は、下にいる人々の奮闘に関心がなく、彼らの運命などまったく気にかけていなかった。そのままの立場にいさせて、自分たちが安泰でいられればそれでいいのだと。時が経って、莫大な数となった下層の人々の苦しみが増し、その結果として変動が激しくなると、それはもはや簡単な話ではなくなった。そして上層の半数は何が問題なのかを問うようになった。以来、この問題に関する情報は急速に集まり、世間全体がかつての無知の責任を取ることに手いっぱいになっている」
若い都市であるニューヨークは、ほかの都市より遅く、今まさに変動の時期を迎えている。上流階級の人々にこの現状を知らせなければいけない。そうしたリースの思いは、のちに米国大統領となるセオドア・ルーズヴェルトに届いた。当時警察本部長だった彼とリースは協力してスラム街の環境の改善に取り組み、裏通りに立つテネメントの撤廃、火災原因の根絶などの成果をあげた。
それでも長いあいだ治安のよくない地域とされていたロウアー・イースト・サイドだが、21世紀にはいると、ファッショナブルなショップやレストラン、バーが増え、マンハッタンでも人気のエリアとなる。テネメントの建物のひとつは、かつての暮らしを伝える博物館(http://www.tenement.org/)となっており、観光客が集まっている。だが、そこに展示されたものを見るとき、それをただ過ぎ去ったものとして考えることはできないだろう。ジェイコブ・リースやO・ヘンリーの時代から1世紀が経ったが、ニューヨークでは「We are the 99%」の運動が起こり、「The Other 98%」なる団体が生まれたりもしている。リースの意志はまだまだ生きつづけなければならないのである。
参考文献・サイト
Riis Jacob A. How the Other Half Lives. 1890. New York: Dover Publications, 1971.
http://www.lenbernstein.com/RiisArticle.html(What Do the World and People Deserve? The Photographs of Jacob Riis)