月曜 14:45~18:00
木曜 16:30~18:00
金曜 18:00〜21:30?
季節としても時刻としても公園が人で賑わうようなときではなかった。だから、その若い女性、散歩道の片側のベンチに腰掛けている彼女も、たんに、しばらく座って春の訪れの気配を楽しみたいという突然の衝動に身を任せただけのことだろう。
彼女は休んでいた、物思わしげに、じっとして。表情にいくぶんか哀愁があったが、それはごく最近に生まれたものにちがいない。健康的で若々しい頬のかたちに変化はなかったし、いたずらっぽいが意志の堅そうな唇の曲線にもへんな歪みはなかったからである。
背の高い若い男が、彼女のいる近くの小道に沿って、公園を大またで歩いてきた。後ろには旅行かばんを持った少年がぴったりとついている。女性が目に入ると、男の顔が赤くなり、そしてまた青白くなった。近くにさしかかると、希望と不安をないまぜにして、彼女の表情をうかがった。女性まであと数ヤードというところを通ったが、彼の存在や気配に気が付いたかどうか、確証は得られない。
五十ヤードほど離れると、彼は突然立ち止まり、片側のベンチに座った。少年は旅行かばんを降ろし、賢そうな目に驚きを浮かべて男を見つめた。若い男はハンカチを取り出して額をぬぐった。上等なハンカチ、上等な額、そして男の見てくれも上等だ。彼は少年に言った。
「あのベンチの女性に伝言を届けてほしい。伝えてきてくれ、僕はいま駅に向かっているところで、これからサンフランシスコへ発って、アラスカヘラジカ狩猟探検に参加しようと思っている、と。いいか、伝えてくれ、話しかけることも手紙を書くこともするなと命じられたので、こういう方法で君の正義感に最後の訴えをするのだ、と。起こったことを正しくわかってほしいのだ、と。伝えてきてくれ、そうされる謂れのない人間を、理由も告げず、説明の機会も与えず、咎めて見捨てるなんて、僕が信じる君の性質に反している、と。伝えてくれ、だから僕は君の命に背く、と。君ならきっと正義がおこなわれるのをいまなお見たいだろうと信じている、と。さあ、行け、伝えてきてくれ」
若い男は五十セント硬貨を少年の手に落とした。少年は、黒い知的な顔からきらきらした賢そうな目で男をしばらく見つめてから走り出した。そして少し不安げに、しかし臆せず、ベンチの女性に近づいた、古びた格子柄のサイクリングキャップの、頭の後ろ側にまわしたつばに手をやりながら。女性は冷ややかに少年を見た、偏見も好意もない。
「ご婦人」彼は言った。「あっちンベンチにいる紳士がアンタに歌と踊りを届けろってさ。もし知ンねえ奴で騙そうとしてんだっつンなら言っちくれよ、三分でオマワリ呼んでくっから。もしあン人を知っちンなら、アレはなかなかの正直もンだから、届けろっつってたアチイ思いを伝えさしちもらうぜ」
女性はかすかに興味をしめした。
「歌と踊りですって!」と彼女は言った、微妙な皮肉の薄い衣で言葉を包むような、わざとらしい甘い声で。「斬新な発想ね―—まるで吟遊詩人みたい。昔―—知り合いだったのよ、あなたをよこした紳士さんとは。だから警察を呼ぶ必要はほぼないと思うわ。歌と踊りを披露してくださってもいいけど、あまり大きな声では歌わないで頂戴。大道芸にはまだ少し時間が早いし、目立ってしまうかもしれないから」
「ありゃ」少年は大きく肩をすくめて言った。「どンな意味かわかっちンだろ、ご婦人。踊ろっつンじゃないよ、ちょっとしゃべらしてもらうだけ。あン人、アンタにこう言えっつったンだ、あン人、襟っことカフスボタンをあン鞄に入れてピューッとサンフランシスコに行っちまうンだと。そンで、クロンダイクでスノーバードをやっつけンだと。アンタがもうピンクな手紙なんか送りつけちくンな、庭の門のとこをうろついたりすンなっつーもんだから、アンタに全てを伝えンのにこン方法をとったンだと。アンタ、あン人を終わった男みたいに審判して、全然全く判決をけっとばすチャンスをくンなかったって。あン人をぶっ叩いといて、なンでかは言っちくンなかったってさ」
若い女性の瞳にかすかに宿った興味が弱まることはなかった。おそらくそれはスノーバードハンターが独創的にあるいは大胆に出たせいだった。ありきたりのやりかたでのコミュニケーションを禁じた彼女の断固とした命令をこうしてまんまとかわしたのだった。彼女は雑然とした公園に寂しげにたたずむ彫像をながめてから、伝達者に言った。
「その紳士さんに伝えて頂戴、私の理想を繰り返し語るつもりはありません、と。それが何であったか、何であるのか、あの人は知っているはずだから。この件に関する限り、絶対的な誠実さと真実がいちばん大事なんだから。伝えて頂戴、私は精一杯きちんと自分の心を見つめてきたから、自分の心のなにが弱いか、なにが足らないかもわかっている、と。だから、弁解を聞くのはお断りさせていただいた。それがどんなものであったとしてもね。うわさや不確かな証拠であの人を咎めたわけじゃない。だから罰するようなこともしなかった。でも、あの人は自分でもよくわかっているはずのことをどうしても聞きたいようだから、事情を伝えてくれてもいいわ。
「私はあの夜、裏から温室に入っていったの。お母様に一輪のバラでもと思ってね。そしたら見たのよ、桃色のキョウチクトウの木の下に彼とアシュバートンの御嬢さんがいるところを。そのシーンのなんと素敵なこと。でも、その体勢、その並列ぶりはあまりにも雄弁で、説明なんて要らなかった。私は温室を離れた、と同時に、バラも、わたしの理想もこの身から離れていった。さあ、この歌と踊りをあなたの歌劇団の団長さんのもとへ持って行って」
「ピンとこねえ言葉がひとつあンな、ご婦人。教えちくンねえか、へい―-へいっつうのは?」
「並列―-あるいは密着でもいいわ―なんなら、人が理想的な位置関係を維持するには近すぎる距離にいる、でもいいけれど」
砂利が少年の足元から弾け飛んだ。彼はたちまちもういっぽうのベンチのそばに立っていた。男の目が問いかけてくる、飢えたように。少年の目は、通訳としての私情をまじえない熱意で輝いていた。
「ご婦人言ってたぜ、アチシはわかってンだと、男ってヤツは嘘っぱちをご披露しちきたり仲直りしようとたくらンできて、そうすっと女なンかイチコロなンだって、だから甘いコトバなンち聞きたくねンだと。あン人は現行犯で捕まえてンだと、旦那があったかい家で子猫ちゃんを抱きしめてっとこをさ。あン人は花でも引っこ抜こうと思ってちょちょっと入っちったのよ、そしたら旦那がすンげえ勢いでほかン女を圧縮しちたんだと。そいつはナイスな光景だったって、結構結構、でも吐き気がしたってな。アンタなンかぼけっとしちないで、コソコソ汽車に乗っていっちまいなだとさ」
若い男は低く口笛を吹き、その瞳がなにかひらめいたようにきらりと光った。手をコートの内ポケットに泳がせ、手紙の束を引っ張り出した。なかからひとつ選ぶと、それを少年に握らせ、つづいてベストのポケットから一ドル銀貨を手渡した。
「その手紙を女性に渡すんだ」彼は言った。「そして読むように頼んでくれ。そうすれば事情がわかるはずだ、と。伝えてくれ、信頼をほんの少しでも君の理想についての考えに織り交ぜていてくれたら、こんな辛い思いはきっと避けられていた、と。伝えてくれ、君が重きをおく誠実さは一度も揺らいでなどいない、と。伝えてくれ、返事を待っている、と」
使者は女性の前に立った。
「あン紳士が言ってるぜ、わけもねく落とし穴に落っことされちまったって。自分はそンな腐った奴じゃねえってさ、そンでご婦人、こン手紙を読みな、賭けちもいいがあン人潔白だぜ、間違いねく」
女性は手紙を開いた、いくらか疑わしげに、読み始めた。
親愛なるアーノルド先生
先週金曜日の晩は、娘への親切かつ適切な救助を誠に有難うございました。娘がウォルドロン夫人のパーティーの際、温室で持病の心臓発作に襲われたときのことでございます。先生が近くにいて適切な手当を施してくださらなかったら、我々は娘を失うところでございました。もしもご来訪いただき、引き続き診療をお引き受け頂ければ幸いに存じます。
感謝と敬意を込めて
ロバート アシュバートン
若い女性は手紙を折りたたんで、少年に手渡した。
「あン紳士は返事がほしいってさ」使者は言った。「なンて言う?」
女性の目がいきなりきらめいて彼を見、輝き、微笑み、そして潤んだ。
「あっちのベンチにいる方に伝えて頂戴」彼女は言い、幸せそうに、体を震わせて笑った、「あなたの恋人はあなたがほしい、と」