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19世紀後半、ニューヨークでは、ライフスタイルの変化とともに、豪華なホテルが数多く誕生しはじめた。ウォルドーフ・アストリア・ホテル[i]に代表されるこうした新しいホテルは、大規模で、一流のレストランや宴会場をそなえていた。富裕層が集う、社交の場としての役割を果たしていたのである。世紀が替わり、1900年代、O・ヘンリーが活躍した時代においても、ホテルの建設はつづいた。20世紀初めの10年間に、アルゴンキン・ホテル(1902)[ii]、アスター・ホテル(1904)[iii]、プラザ・ホテル(1909)[iv]などのニューヨークを代表するホテルが開業している。
Transients in Arcadiaは、このような時代背景をもとに書かれた作品である。美辞麗句にあふれたホテルの描写は、大げさなようにも感じられるが(ストーリー展開上の必要性を考慮しても)、これまでの常識を超える建築が次々と誕生していた時代、人々の目にうつる新しいホテルは、たしかにこのようなイメージを持っていたのだろう。
20世紀初頭、ホテルは「夢」を体現するものだった。そんな時代の空気を描いた小説に、スティーヴン・ミルハウザーの『マーティン・ドレスラーの夢』がある。葉巻商の息子として生まれたマーティン・ドレスラーは、ホテルでベルボーイの職に就くと、その商才を発揮し、やがて自らがオーナーとなって驚異的なホテルを世に送り出す。
マーティンのホテルは、Transients in Arcadiaに描かれた「ホテル・ロータス」の進化形といえるかもしれない。最終的には、ホテルを超越した「完結し、自己充足した世界」を生みだすことになるが、最初にオープンさせた「ザ・ドレスラー」のコンセプトは、「ホテル・ロータス」と共通するところが多い。街にありながら「マンハッタンのダウンタウンの喧騒から遠く離れた静かな隠遁地」と謳われ、「田園のリゾート」をイメージさせる。壁には青い海や森の小径が描かれ、公園には人工の楡が植えられる。
それまで、リゾートといえば「自然」を楽しむものであったが、この時代に入ると、「人工」物がその地位を奪いはじめる。1883年、ブルックリン・ブリッジが完成したことで、「リゾート地として当初コニーアイランドが果たしていた役割、つまり人工世界の住民たちへの自然の供給という役割は遂に無効のものになる」と、レム・コールハースは『錯乱のニューヨーク』のなかで指摘している。「今度は自然と完全に対極をなすものとして生まれ変わらねばならない。新興メトロポリスの人工性を自らの超自然性で迎え撃つほか選択の余地はない」。コニー・アイランドでは、1904年に3番目の遊園地「ドリームランド[V]」がオープンする。この「すべての遊園地に終止符を打つ遊園地」には、「スイス山岳旅行」なるアトラクションもあり、機械仕掛けのアルプスを味わうことができた。
コールハースは、「コニーアイランドはマンハッタンの胎児」であり、「(建築は)まずコニーアイランドという実験室でテストされたのち、最終的により大きな島(=マンハッタン)に適用される」と言っている。Transients in Arcadiaの書かれた1908年には、「適用」がさまざまに行われるようになっていた。その象徴となるものが、「マレイのローマ庭園[Vi]」である。「ローマ時代の大邸宅の再建」と謳われたこのレストランは、最先端の技術が結集され、何から何までが人工的につくられた庭園だった。機械仕掛けの泉、空、雲、月。これ以降、マンハッタン中でこのような場所がつくられるようになるが、「マレイのローマ庭園」はその元祖であり、テーマレストランのはしりだともいわれている。
引用・参考文献
スティーヴン・ミルハウザー『マーティン・ドレスラーの夢』柴田元幸訳、白水社、2002年
レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』鈴木圭介訳、ちくま学芸文庫、1999年
海野弘『ニューヨーク黄金時代 ベルエポックのハイ・ソサエティ』、平凡社、2001年
[i] http://www.nyc-architecture.com/GON/GON017.htm
[ii] http://www.nyc-architecture.com/MID/MID059.htm
[iii] http://www.nyc-architecture.com/GON/GON023.htm
[iV] http://www.nyc-architecture.com/MID/MID056.htm
[V] http://www.westland.net/coneyisland/articles/dreamland.htm
[Vi] http://www.jazzageclub.com/venues/the-magnificent-murrays-roman-gardens/